2010年2月13日土曜日

事実婚形態の別姓夫婦の審判例(親権は母が、名字は父が)

●子の氏の変更許可申立却下審判に対する抗告事件(札幌高裁平成20年1月11日決定、原審判取消・申立認容(確定)家月60巻12号42頁、解説家月62巻1号44頁)

・両親は法律婚を選択していない
・親権者は母
・父は認知済み
・子どもの「氏」(名字)は父の「氏」で

という内容の別姓結婚を希望するご夫婦の事件です。

第一子は、
1 出生(母の「氏」で出生届。母を筆頭者とする戸籍に記載される。)
2 父が認知(母の「氏」のまま。)
3 民法791条1項に基づき家裁の許可を得て、子どもの「氏」を母の「氏」から父の「氏」に(父の「氏」に変更。戸籍は戸籍法18条2項に基づき、父の「氏」を称するので、父の戸籍に入る)

という手続を経て、父の氏を称しています。親権者は母のままで。

ところが、第二子は、「3」の民法791条1項の家庭裁判所の許可が原審では得られませんでした。
子の氏の変更許可審判申立ては却下されたのです(札幌家庭裁判所平成19年6月19日審判)

原審は民法791条1項の許可の判断基準について、
「原則として認められるべきものであるとはいえ、少なくとも、変更することに合理的な事情の存することが必要であると解され、恣意的であったりあるいは濫用となるような場合には許されないといわざるを得ない。」と述べた上で、合理的な事情がないと結論づけています。

その理由は、
・認知しているが親権者が母である
・親権者は未成年者の監護養育の法的責任全般を負っている
・父母らと一緒に生活しているものであることからすると、申立人が父と同居するのに格別支障となるような事情が存するとは窺われない
・あえて変更しなければならない合理的な事情はない
というものです。

民法791条1項では特に親権者が父母のどちらであるかを考慮するような規定はされていませんが、この原審判では、親権者が母であるということを重視しています。

例えば、全く別のケースで、両親が離婚して母親が旧姓に戻り、子どもの親権は母親がとった場合、子どもの氏を父の氏から母の氏に変更するため、民法791条1項に基づいて、この手続が使われます。このとき、実務上、親権を得た母と同一の氏に統一するためであるとの理由のみ記載しています。

「親権者と同一の氏への変更を認める」というのは民法791条1項の適用方法として定着していると思われます。
しかし、「親権者と異なる氏への変更は認めない」という理屈にはならないはずです。

かりに、親権の内容に「同一の氏を称することを求める権利」を含むと考えたとしても、権利者である親権者が権利行使を望んでいないときにまで家庭裁判所が同一の氏を称することを求めるだけの根拠が必要です。


この原審は札幌高裁で結論が覆りました(札幌高等裁判所平成20年1月11日決定)


高裁は、民法791条の趣旨について、「民法790条により形式的基準でいったん定まった子の氏につき、主として共同生活を営む親子間で氏を同一にしたいとの要請に配慮して、その他の利害関係人の利害感情も考慮の上で、家庭裁判所の裁量により他方の氏への変更を認めるところにある」と述べた上で、次の事情を検討しています。

・父母は長年の事実上の夫婦。共同生活を送っている。
・第一子は、父認知後、家裁の許可を得て父の氏を称している
・兄弟で戸籍上の氏を異にするのは望ましくない
・父には現在も過去も法律上の婚姻関係が存在せず、母以外の者の利益を害するおそれがない

具体的に利益衡量を行い、親権者が母である点については「氏の変更は親と共同生活を営む子の社会生活上の必要性から認められるものであり、親権者が母のままであることは、非嫡出子が、その氏を、共同生活を営む父の氏に変更することを妨げる事由とはなり得ない。」と判断し、原審を否定しています。


これまで「嫡出子でない子が認知した父の氏に変更」する手続は、父に母とは別の法律上の妻がいる場面で多く使われてきました。

この場合の審判例を梶村太市先生は「子(嫡出でない子)の利益重視型」「正妻の意向尊重型」「総合判断型」の3類型にわけ、昭和50年代以降は、総合判断型が増えていると指摘しています。
そして、澤田省三先生は、「新家族法体系」(新日本法規)において、

「子の氏変更は甲類審判事項であり当事者の紛争性が予定されていない事項」との前提の下、家裁の役割は利害の調整ではなく、「氏の変更が子の福祉に反しないか否かの後見的に判断にあるとみるべきではないか。嫡出家族の保護の問題はそれにふさわしい手続で調整されるべき」と指摘しています。
また、「戸籍の表示の方法とかその社会的利用度に対する過剰な思い入れについての検証の必要性」についても指摘しておられ、戸籍が原則非公開化されている現代で、「戸籍上の問題をこの問題の判断基準として用いることは既にして妥当性は失われているとみるべき」と論じています(「新家族法実務体系2」第4 氏名・戸籍・国籍 35子の氏の変更 p.583/新日本法規/H20.2.22刊)。


本件審判は、まさに「子の氏」の問題は「子の福祉」に沿って判断されるべきとの観点で説明することができます。
別姓婚を選択するなどの新しい家族観が育ってきた現代において、家裁は、当事者の価値観を重視しながら公権力を行使する必要がありますが、その中で、「子の福祉」は誰も無視できない思想として、利益衡量の核心にすえるべき基準と考えられています。妥当だと思います。

ただし、「母以外の者の利益を害するおそれがない」との利益衡量がなされていますので、重婚的内縁関係事案においては、本件審判を引用しても直ちに子の氏の変更が認められるとは限らず、これを補充する事情をさらに主張立証する必要があると思われます。