郷田マモラさんの「モリのアサガオ」を読みました。
新人刑務官が異例の配置で死刑囚担当となる話です。
彼は死刑囚担当になったことにとまどい悩みながら
死刑囚1人1人の人生を受け止めていきます。
被害者遺族の気持ちを考えると死刑制度は必要。
真に反省悔悟しても死刑にしなければならないのか。
冤罪の人を死刑にしなければならないのか。
一筋縄でいくはずもない死刑囚たちに対して,
あきらめることなく彼らの内面を考えようとするところに
共感しながら読みました。
刑務官の方々の悩みに近づけるような作品でした。
死刑制度については,折に触れて意見を求められます。
光市事件の判決があったこともあって,考えざるをえない気持ちです。
でも,いつも考えがまとりません。
自分の家族が被害者だったら死刑廃止といえるのか。
そこから動けないのです。
しかし,自分が死刑の可能性のある被告人の弁護を担当したら。
無期懲役判決ではなく死刑判決が下されれば,
弁護の甲斐なく死刑となったことを悔やみ,
自分が被告人の首に縄をかけたも同然だと,きっと思うことでしょう。
死刑制度を続けるということは,死刑を執行するまでの間に
何人もの役職者が,1人の人間を殺す過程に関わります。
その点を横において死刑制度を考えるわけにはいきません。
とはいえ,その点だけで死刑についてのこたえはでません。
人は人を殺していいのか,人を殺した人を社会はどう扱うべきか
根本的な問題が残るからです。
こたえは出ないのかもしれません。
せめて,死刑は慎重に執行してもらいたく,また,
再審の要件を緩やかにしてもらいたいものです。